不屈中央441 主な記事
運動を国民的運動へ
ことしの国会請願
閉塞感漂う時代
中央常任理事会
正しい歴史認識を
歴史の事実の重み
同盟歌壇 碓田のぼる選
北から南から
群像 阪本一郎の受難
不屈 中央版 №441
主な記事●
国会請願への取組みを強め同盟運動を国民的運動へ ・・・
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2月中央常任理事会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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私も一言/高田公子 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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北から南から ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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同盟歌壇/椎田のぼる選 ・・・・・・・・・・・・・・・・
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抵抗の群像/阪本一郎・群馬県 ・・・・・・・・・・・・・
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顕彰碑/上甲米太郎顕彰碑 ・・・・・・・・・・・・・・・
●時の焦点/3・15大弾圧事件 ・・・・・・・・・・・・・・
不屈 中央版 №441 1面 2011年3月15日(毎月15目発行)
「小林多喜二生誕の地」碑前祭2月9日秋田県大館市(写真提供:藤本金治)

「小林多喜二生誕の地」碑前際 2月9日秋田県大館市
写真提供:藤本金治氏
国会請願への取組みを強め
同盟運動を国民的運動へ菅政権は国民生活破壊と日米安保強化の路線を強め、消費税大増税を既定事実化するとともに「戦争する国」への道、「動的防衛力」への転換、自衛隊の]部海兵隊化を図っています。安保解消をめざし、憲法9条守れ、日本を「海外で戦争する国」にするな、のたたかいが改めて重要です。
こうした情勢のもとで、今年の国会請願は5月12目と決まりました。2月8目の中央常任理事会は、同盟運動を国民的運動へ発展させる取り組みを強めようと決議しました。
常任理事会は、また、同盟運動が単に過去の問題に取り組んでいるのではなく、未来を展望するたたかいであり、21世紀を平和と人権の世紀にしていくためのたたかいとして、歴史認識を正すことを運動の基本に据えることを確認しました。
いま、地方議会での意見書採択は全国371自治体に広がりました。全国各地で多喜二祭をはじめ犠牲者の碑前祭、墓前祭、記念集会が今年も多彩に行われています。京都では治安維持法犠牲者の慰霊祭が由緒ある清水寺でひらかれます。
春も、もう間近。4月はいっせい地方選挙です。5月の国会請願行動、6月には同盟の第35回全国大会も予定しています。
全会員運動で国会請願署名を大きくひろげ、会員拡大、支部建設など同盟活動を前進させるために奮闘しましょう。
不屈 中央版 №441 1面 2011年3月15日(毎月15目発行)
ことしの国会請願5月12日(木)午前11時衆議院第一議員会館大会議室
不屈 中央版 №441 2面 2011年3月15日(毎月15目発行)

今の時代は、「閉塞感漂う時代」と言われます。石川啄木が評論「時代閉塞の現状」を執筆したのは約百年前の1910年8月、啄木を社会に大きく目を見開かせた幸徳事件(大逆事件)の2カ月後▼「思想上に於いて重大なる年なりき。予はこの年に於いて予の性格、趣味、傾向を統一すべき一鎖鎗(さやく)を発見したり、社会主義問題なり」と日記に書きます。大逆事件は、啄木ばかりでなく徳富藍花・永井荷風らの文学者・知識人に衝撃を与えます▼社会主義思想の広がりを恐れた時の政府は取締まりを強化し、1911年4月には警視庁に特別高等課(特高)を設置。閉塞状況打開を国民への弾圧と富国強兵、他国への侵略で活路を求めます▼あれから百年、時代は当時と似ているといわれます。しかし日本は平和憲法をもち、アジアでも世界でも「紛争は話し合いで解決する」という平和の流れが大きく発展。「再び戦争と暗黒政治を許すな!」同盟の出番がつづきます(池)
不屈 中央版 №441 2面 2011年3月15日(毎月15目発行)
5月国会請願にむけて署名を大きく広げ
地方選挙で同盟の目的実現勢力の前進を2月8日 中央常任理事会初めに柳河瀬会長から「菅政権が国民生活破壊・財界奉仕を鮮明にし、日米軍事同盟強化による戦争する国への道をすすめていること。また比例定数削減で国会から改憲反対勢力をしめだす。日の丸・君が代裁判では教育の自由・思想・良心の自由を根本から否定する司法の反動的判決など、“反共は戦争の前夜"の風潮が強まりつつある。再び戦争と暗黒政治を許さず、人権を守り歴史認識を正すことは未来を拓く道であり、同盟運動の原点であること。学習を強めて国民的運動への確信をつくり、地方選挙のなかで多くの人とふれ合い、署名ど要求実現の勢力を広げよう」と挨拶されました。
続いて針谷事務局長から当面する活動方針が提案され、国会請願など同盟運動を国民的世論にまで広げる課題を重視し、地方選挙のなかでも署名・会員の拡大、顕彰、地方議会への陳情など取組みを強めようとよびかけました。
続いて小池財政部長から財政報告。3月期末の会費完納を訴えがあり、休憩後討論に入りました。
岡山(中元)は、年末にむけた活動で、12月に22団体訪問して2770筆に到達、会員は258人と目標を超過達成。困難をのりこえて奮闘していると報告。
京都(岡本)からは、治安維持法犠牲者の慰霊祭を広くよびかけて多くの市民の共感を得ようと著名な方々、京都宗平協、民主府政の会などと相談、清水寺の役員会でも議決。10月23目清水寺本堂において開催を決めた。青年たちにもよびかけ、このなかで同盟への信頼も広がっている、と発言。
大阪(塩田)からは高槻市議会(人口40万人)と島本町議会2つの議会での意見書採択に至る特徴を発言、意見書は公明党議員を含む全会派の合意で実現。その根底には、同盟高槻支部による毎月の三役会議、ニュース発行、救援会、いしずえ会など学習と共同が進んでいることを指摘されました。
北海道(宮田)では北教組教員の政治活動の調査が校長と対で調べられたり、教育研究会参加の有無、情報提供、密告を進めたり、卒業時の日の丸・君が代に対して起立するかしないかを事前登録させ職務命令書を出すなど思想統制が強化され、「子どもを戦場に送りだす犯人になってしまう」と泣き崩れる教員もいる。同盟は請願署名活動と共に、闘う教員への全面的支援を強めたい。
溝渕女性部長は、第別回全国女性交流集会が28都道府県、81名が参加、草の根からの女性部活動をどう発展させるかが議論され、国民的運動への挑戦が始まっている。第57回母親大会(於広島)には中国ブロックを中心に取組むとし、その成功を呼びかけました。
不屈 中央版 №441 2面 2011年3月15日(毎月15目発行)
秋田(近江谷)からは、正しい、歴史認識について発言(別掲)。
神奈川(増本)からは教員に対する攻撃では、君が代斉唱で口を開いているかまで調べている。裁判では「心の自由を守る裁判」が闘われており、このたたかいの共同は同盟自身の任務でもあると指摘。さらに、斉藤(国際部)、四津谷(東京)、井上(大阪)、小原(神奈川)、冨矢(編集部)、山崎(東京)各氏から積極的発言が続き15名が発言。最後に針谷事務局長から「京都の慰霊祭の取り組みなど、発言の多くが国民的運動への新しい取組みとなっている。この広がりを確信に署名を広げ国会請願を迎えよう。とくに秋田の歴史認識の学習を重視したい」とまとめました。
不屈 中央版 №441 3面 2011年3月15日(毎月15目発行)
正しい歴史認識を深め、広げるために
近江谷副会長発言の要旨わが国の歴史認識をめぐる最大の問題は、日本が過去に行った「15年戦争」を侵略戦争と認めるか、それとも「自存自衛」「アジア解放」の戦争だったと正当化するのかということ。わが国の戦後歴代内閣は、この侵略戦争を正当化、美化し、今も自民や民主党国会議員などの靖国神社参拝、文科省が侵略戦争を美化する歴史教科書を許可、普及するなどの逆流がある。
このような誤った歴史認識を残した原因は次の3点にあります。
第1は、「15年戦争」の最高責任者である昭和天皇を免罪したことが国家責任をうやむやにし、それが歴史の歪曲となり、歴史認識をゆがめることに通じたものです。
第2は、戦後日本の平和的・民主的再建の進路を明確に示したのは日本共産党だけであり、他の政党は戦争推進に協力した反省もなしに党名をかえ、主権在民否定、天皇制存続論に立っていたこと。
第3は、アメリカが戦争犯罪人を釈放して日本政治の戦犯性を強め、過去の戦争を正当化する重要な要因となっていることです。
歴史の事実に背を向け、侵略戦争を正当化する歴史観・戦争観を許さない国民的合意をつくりあげていくことは同盟運動に直接関わりを持つ課題です。同盟は治安維持法弾圧に屈せず、反戦平和を闘った先輩たちの意志を引き継ぐものとして、歴史の偽造、侵略戦争美化の異常な政治からの転換を要求し、正しい歴史認識を国民のものにしていかなければなりません。
不屈 中央版 №441 3面 2011年3月15日(毎月15目発行)
過去の歴史の事実の重み
新日本婦人の会会長 高田公子
「戦前命がけで侵略戦争に反対した人たちがいた」「戦後の新しい日本の出発は日本国憲法」が、私自身の活動の原点。2000年「日本軍性奴隷性を裁く女性国際戦犯法廷」での審理や戦争での戦争責任を明確にする市民・女性団体による裁判での元「慰安婦」の人たちの証言に衝撃を受け、韓国のナヌムの家を訪間。消しさることのできない過去の歴史の事実の重みと、日本軍の犯した罪の大きさにしっかり向き合って改めて日本国憲法を守りぬく決意をもう一度深く胸に刻みました。
あれから10年、被害者への謝罪と補償は実現していません。しかし国の枠をこえて連帯運動は広がって、日本や韓国、米国などで立法解決を日本政府に求める国際署名がすすめられ、61万人分を政府に提出。民主党は野党時代、戦時性暴力被害問題の解決促進法を国会に提出していたのに、政権をとったとたん、後ろ向きになってています。自民党政権以上に「目米同盟の深化」をうたっているいま、改めて私たちの頑張りを求められていることを痛感しています。
不屈 中央版 №441 3面 2011年3月15日(毎月15目発行)
同盟歌壇 碓田のぼる選新潟県 加茂川ハル子 午後の五時ナースセンターあわただし片隅で聞く癌の告知を
静岡県 江川 佐一 次号から高沢義人の歌なきか一月二十八目の訃報切り抜く
新潟県 柳川 月 卒寿までよくぞ生きたと冬将軍祝いくるるか大雪降らす
兵庫県 岸本 守 民主主義求める民に追い込まれバラク辞任す狂喜の市民
東京都 若林義文 反戦を決めし松井田駅に立ち六十六年をふりかえり見つ
福井県 元山章一郎 節分の豆を噛みしめカとす閉塞破る春のたたかい
鳥取県 大久保禮吉 危篤とて母の枕辺に馳せたれば骸(むくろ)に残れる仄(ほの)かな温もり
東京都 鈴木すみ江 悉皆がおごそかに見ゆここ印度山川草木虫魚禽獣艦褄の人
大分県 渡辺幹生 大分に治維法と闘いし先達あり二月百歳となりて矍鑠(かくしやく)
和歌山県 中平喜祥 夜になれば大阪の街も変わりなし踏切があり遮断機が開く
《選のあとに「年年歳歳(ねんねんさいさい)花相(はなあい)似(に)たり、歳歳年年人同じからず」。これは初唐の詩人劉希夷(りゅうきい)という人の詩の一節。毎年花は同じように咲くが、眺める人の姿は同じではないということ。にもかかわらず、変わることなく歌は作り続けるてゆきたいもの。
(高沢義人さんは1月28日逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げます。)
不屈 中央版 №441 5面 2011年3月15日(毎月15目発行)
北から南から広大な地域の会員つなぐ
生きいき支部活動-苫小牧北海道苫小牧支部は、太平洋に面した近隣4町を含む、細長い約100㎞の地域で人口約22万の地域に会員90名が活動しています。
「国賠署名」は、粘り強く実践し支部結成以来20年間、毎年2500筆前後の目標をほぼ達成しています。今年度も新年に入り目標の60%に到達しています。署名推進にハガキ大の用紙裏表に大きめの活字で、地域の人が一目で理解しやすいように工夫した宣伝物を利用しています(写真下)。
支部幹事会は、新会員の加入にカを入れ、今年度も5名の会員を迎えました。また、同盟運動を継承するための若い会員を迎えることも重視しています。
支部結成以来の悩みの一つは、支部幹事会のメンバーは各地の諸活動の要職にある人々のため参加率が低く、結果として実務面で一部の幹事に集中するとともに、会員間の気分のちがいもありました。
そこで前総会では11名の幹事の中に6名の事務局員を選出し、事務局長・次長を補佐して幹事会との有機的結合を図りました。また支部「不屈」(会報)の発行を会員同士の顔の見える「動脈活動」として位置づけて重視し3名が分担。毎月発行を行い、中央版、北海道版と3紙合わせて15名の班長さんが定期的に配布しているため郵送料はゼロ、支部予算の10%をガノリン代として支給しています。班長さんは会費・募金の徴収や署名の回収などに奮闘しています。そして多忙な事務局長には支部活動を生きいきと発展させることに集中できるよう工夫しています。さらに今年度は、会員の学習を重視することを決め、その第一弾として新春学習交流会を開催し「山本宣治」について支部自前で講師を担当、2名の未会員を含む11名がひなびた温泉に集まり、学習のあと懇親しました。引き続き自前講師で「坂の上の雲」「宮本百合子」などをテーマに学び合い「知を力」として支部発展の展望を開きたいと考えています。
(事務局次長・三原悟)
高槻市、島本町議会に引き続き
各議会での意見書採択を 大阪昨年12月、高槻市は全政党・全会派の賛成、島本町は全会一致で「治安維持法犠牲者への謝罪と国家賠償を求める意見書」が採択されました。大阪では泉南市以来16年ぶりの快挙です。
大阪府本部は大会後、意見書対策委員会を立ち上げ数回会合を重ね、昨年10月理事会では「地方議会に意見書・決議の採択を求める運動を新たな水準に高めましょう」を決議しました。府本部の提起を正面に受け止め、応えたのが三島支部(高槻市・島本町)です。三島支部は、①毎月三役会議、3カ月ごとに幹事会を開き、②支部結成以来欠かさず支部ニュースを発行、③毎年5月に開かれる大阪解放戦士合葬追悼会に4団体(治安維持法国賠同盟、国民救援会、大阪いしずえ会、日本共産党)共同でバスを仕立て参加しています。④1月には4団体共同の新年会を開き、学習と懇親を深めるなど大阪府本部では先進的な活動をすすめています。
三島支部の意見書採択の教訓は何よりも鳥杢局男支部長を先頭に役員が必ず意見書採択を勝ち取るという固い決意と構えで臨んだことです。三島支部は早速、国会請願署名の協力要請に連合系の労働組合を訪問しています。府本部は三島支部の快挙を大いに喜び、各支部は三島支部の教訓をしっかり学び、三島支部に続こうと議会での意見書決議の運動を強めています。
(大阪府本部塩田一行)
大阪-枚方・交野支部結成枚方支部は30年ぐらいの歴史があるのですが、最近は一部の世話人の活動になっていて署名活動や諸課題に十分な取り組みが出来ていなかったので、枚方・交野(ひらかた・かたの)支部として再出発することになりました。
昨年並月11目は10人の参加で府本部顧問の藤木さんに「国体の魔力との赤魔の培養」で講演をしていただき、治安維持法が改悪・強化されてきた歴史や戦後治安維持法を廃案にしたのは占領軍であり、その後も戦前の特高警察や思想検事の多くが日本の政治にかかわり国体思想を温存してきたことがよくわかりました。その後、活動方針(会員数100名、署名1000筆目標)と役員体制を確認。
(枚方・交野支部 児玉定敏)
不屈 中央版 №441 4面 2011年3月15日(毎月15目発行)
念願の女性部を結成
-滋賀県大津支部5名の女性世話人で昨年夏以来数回の相談を重ね、年末の12月15目、念願の女性部が発足。当日は9名参加、前半は第21回全国女性交流集会報告会、後半を女性部結成の集いとしました。
『青鞜』発刊100年の今年、平塚らいてうや与謝野晶子など、文学を通しで女性人権問題を学ぼうという意見も出されました。まずは2月11目、地元大津市内で吉川春子氏を招いての「日本軍“慰安婦"問題を考える」集いを大きく成功させるため全女性会員の参加をめざして取り組むことを確認。
(県女性部世話人・古谷道代)
結成1年で百人目前 京丹後支部京都府の西端にある人口6万人の京丹後市に国賠同盟支部が生まれて1年。同市は6町が合併し人口は6万人。長寿日本一で100歳以上の高齢者が50人以上も元気で働いています。漁業、農業なども盛んです。元町議や教師、戦争で中国やシベリアまで動員された体験を持つ人たちが集まり、2度と戦争しない運動を死ぬまでやるには、国賠同盟が最適だと、支部を結成。支部の活動として反戦運動の先駆者・渡辺和尚や反戦教師で特高に虐殺された倉岡愛穂さんの墓前祭、横浜事件の犠牲者和田喜太郎さんの研究会、イノシシ肉と野菜をたっぷり使った鍋料理を囲んだ新春の集い等、楽しい取り組みをしながら会員を拡大し、あと数人で100人突破目前です。
(京都府本部・岡本康)
不屈 中央版 №441 5面 2011年3月15日(毎月15目発行)

抵抗の群像
戦場から遺書代わりの論文
図書館員阪本一郎の受難 「長い人生の旅路の果てに、ゆくりなくも45年ぶりに生み落したわが子に出逢ったよろこび…」。
45年ぶりの邂逅こうした書き出しの礼状を当時群馬県前橋市内で書店を経営していた阪本一郎氏から受け取ったのは1987年の春。当時71歳でしたから、ことし95歳。幸いにも今日、前橋郊外で御健在。去年の夏、「赤旗」紙上で投稿をお見受けしました。

戦時中二度も中国大陸の戦場に召集された阪本氏。その阪本氏が菊年ぶりに出逢えたものは、いわゆる中国残留孤児と思いきや、実は当時一兵卒の坂本氏が中国大陸の荒野の月明かりを頼りに遺書のつもりで書きあげた「わが国近代図書館の黎明」と題する小論文。
執筆した阪本氏自身、内地の恩師に送り届けたこの論文が高く評価されて、日本図書館界で最も有力な専門誌『図書館雑誌』1942(昭17)年2月号の巻頭をかざったことを、当時はもちろん、実に戦後妬年間知らなかったのです。
後輩の見知らぬ図書館員の一人が発掘して送り届けたその雑誌論文コピーを阪本氏は生み落して45年間、離ればなれになっていたわが子を抱くかのように目を細め、一宇一句に指を添えて繰返し読みふけったと言います。
論文が掲載された1942年2月といえば、戦火がアジア・太平洋全域に拡大された直後、「治安維持法」はじめ「軍機保護法」や「国防保安法」、さらには太平洋戦争開始と同時に制定された「言論出版集会結社等取締法」など弾圧法規が網の目のようにはりめぐらされていました。1兵卒の身で最前線の戦場からの送稿、しかも唯物史観による史論の雑誌掲載は到底不可能の状況でしたが、恩師が編集長、そして学術専門誌のゆえにか、幸運にも軍隊や官憲の検閲の目を免れることができました。
「地方文化」弾圧事件この「幻の名論文」に前史があり、事件はその5年前に起きていました。1937年5月26目、読売新聞が『農村青年を目標に同人雑誌で〃赤〃宣伝、東大生ら8名検挙』の大見出しで報道しました。
「同人雑誌の氾濫時代に合法仮面を被って、地方農村の青年男女に対し、極左思想の宣伝に狂奔していた嫌疑で、雑誌『地方文化』の同人、本郷湯島止宿東大法科3年佐藤正二(25歳)、同目大医科1年田中一男(22歳)、上野図書館書記阪本]郎(21歳)、会社員深町英夫(28歳)、同人内妻三井ひろ子ほか3名の8名が数目前から本富士署に留置、警視庁特高課第一課安斉警部、千田同署特高主任の取調べを受けている…」
世に言う『地方文化』弾圧事件。群馬の佐藤正一一氏とともに首謀者とみなされた佐藤正二氏はじめ阪本一郎氏を含め8名全員、木刀で殴打され、なんども気絶させられる拷問を受けたといいます。
佐藤正二氏は、戦後群馬で政治革新と民主的医療事業の普及に貢献され、晩年は群馬県本部会長として同盟運動に尽力されました。
阪本一郎氏は、6カ月後起訴猶予処分となったものの、以後特高警察の監視下に置かれ、戦火拡大と共に2度にわたり最前線の戦場に狩り出されました。論文はそこで書かれたのです。戦後ソ連抑留を経て生還した阪本氏は、母扶養のため図書館に復職することなく故郷群馬で民主書店を経営、60年安保大闘争をはじめ、平和と民主主義の運動を精力的に展開されました。
群馬県出身で国会議員、日本共産党元書記局長の金子満広氏は「戦後一貫して私を支えてくれた。募金にしてもいつも期待した倍以上届けてくださった」と語っています。(山崎元・東京都本部)
不屈 中央版 №441 6面 2011年3月15日(毎月15目発行)