主な記事
国民的同盟運動へ
7月中央理事会
水車 強制収容問題
各地同盟本部大会《続》
佐藤儀右衛門の碑
8.15終戦65周年
抵抗の群像 永井智雄
同盟歌壇 碓田のぼる選
北から南から
2010年8月15日
不屈 №434 主な記事●参議院選挙後の情勢をふまえ同盟運動を国民的運動へ
●全国理事会開く…………………………………………………
●各地で同盟本部大会開く………………………………………
●顕彰碑/佐藤儀右エ門の碑・秋田県…………………………
●8・15終戦記念ビラ……………………………………………
●抵抗の群像/永井智雄…………………………………………
●同盟歌壇/碓田のぼる選………………………………………
●北から南から……………………………………………………
2010年8月15日 不屈 №434

参議院選挙後の情勢をふまえ同盟運動を国民的運動へ
同盟運動を国民的運動へ発展させるためには、運動の原点に立つことが大切です。
同盟運動の基本スローガン「ふたたび戦争と暗黒政治を許すな」の立場で民主党政権を考えると、日本を「海外で戦争する国・出来る国」にしようとしていた自公政権の路線を踏襲し、展開しようとしています。
一方、自公政権退場という今日の政治状況のもとで、歴史認識を正すことができる可能性が大きくなっています。侵略戦争と植民地支配への謝罪、治安維持法のもとで行われた国家の権力犯罪への謝罪と賠償をもとめていくたたかいです。
7月17日、韓国紙はいっせいに、仙谷由人官房長官が日韓併合100年(8月29日)にあわせて首相談話の発表を検討していると報道しました。戦後補償も、自民党政権時代と対応を変えようとしています。
戦後補償要求訴訟では原告敗訴が続いていますが、朝鮮・中国からの強制連行・強制労働に関係した企業が和解する動きも出てきました。シベリア特措法の成立で、政治的解決を求める機運も広がっています。
政治的解決を目標としてきた同盟運動を、今日の機運の中で発展させるために、虐殺、獄死、拷問、長期拘留など弾圧の事実をもっと広く知らせ、歴史を正す世論を起こすことが肝要です。
2010年8月15日 不屈 №434
国民世論を拡げ
同盟要求実現と会員拡大の取り組みを2010年7月中央理事会

7月中央理事会は7月23日、全労連会館で開かれ、柳河瀬精会長が開会あいさつし、栗田翠・林洋武両副会長を議長に選出した後、針谷宏一事務局長が情勢の特徴と同盟の任務について報告。20人が発言し、同盟活動を前進させることを意思統一しました。
柳河瀬会長(写真左)は、参院選の結果は、民主党政権が大敗、自民党は比例で後退、二大政党は不承認、みんなの党が受け皿となった。国民は新しい政治を模索していると指摘。民主党は、安保条約の「深化」、軍事力増強など「海外で戦争する国」へと自公政権を踏襲・発展させていると強調。一方、侵略戦争と植民地支配に対する謝罪と賠償を求める戦後補償のたたかいは今日、政治的解決を求める機運が高まっている。同時に、治安維持法が悪法で国家権力の犯罪であり、犠牲者に謝罪と賠償をおこなわせるたたかいは、同盟自らが切り拓かなければならないと力説。「運動のマンネリを吹き払って原点に立ち、歴史の事実を知らせ、運動を国民的運動へ発展させよう」と述べました。
針谷事務局長の報告
Ⅰ、情勢の特徴と同盟の任務
1、参院選の結果

鳩山政権に続く菅政権は国民の期待を裏切り敗北、自民党は勝ったというが国民の支持がなく、二大政党は承認されなかった。共産党は残念ながら議席と得票を減らし、東京選挙区の小池晃さんと、衆参両院で唯一の法務委員仁比聡平さんを失なった。
2、政局の動向
菅政権は、消費税増税、辺野古への新基地建設、軍事力増強、国会改革の名による議員の定数削減や、憲法の解釈改憲から明文改憲への危険な動きに注意を喚起。
3、人権問題
横浜事件の「刑事補償法による補償決定の公示」が6月24日付「しんぶん赤旗」にも掲載された。
4、反核・平和問題
ニューヨークで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議で核廃絶への重要な一歩を勝ちとった。
5、同盟活動
国会請願の成功めざし、地元議員事務所の訪問、労組・民主団体への協力要請を各県本部・支部で取り組み、運動を国民的な運動に発展させる挑戦が始まっている。
3・15集会や多喜二祭など取り組みと結んだ新支部の結成、女性部活動など変化と前進がはじまる。
Ⅱ、当面の活動方針
1、国会請願の結果
最終署名数30万3707筆、全国43都道府県から158人が参加し、519人の衆参両院議員を訪問した。当日、江田五月参院議長、千葉景子法務大臣にも面会し要請をおこなった。紹介議員を受諾した議員は衆参合わせて72人。中央本部は、鳩山総理をはじめ政府関係者、衆参両院議長、法務委員会委員長・理事などに働き掛けをおこなったが、両院の法務委員会で審議未了、廃案となった。
署名目標については、有権者比や全議員に紹介議員への働き掛けをすることを踏まえて、県本部・支部が決めることが重要。
請願行動については、事前の協力要請・申し入れや話し合いを重視し、地元の犠牲者名簿や顕彰活動等を紹介し、同盟活動への理解を深めてもらうよう努力する。
2、犠牲者の調査・発掘名簿作成
名簿の提出は、北海道、山形、福島、神奈川、山梨、静岡、和歌山、鳥取、高知、福岡、熊本、宮崎、沖縄(13県)。全県・支部から中央本部へ名簿を集中する。
3、全地方議会へ請願・陳情を
北海道(標茶町)、新潟(三条市)、宮崎(三股町・門川町)、栃木(壬生町)、青森(外ヶ浜町)で新採択、合計364自治体に。
4、犠牲者を顕彰する活動
多喜二祭などの取り組みは全国に広がり、同盟活動の力になっている。映画「弁護士布施辰治」が完成。「鶴彬こころの軌跡」とあわせ全国上映を成功させる。
5、会員拡大、支部を基礎に活動
7月1日現在の会員は1万4595人、(大会比14人減)。大会以後、26県が増勢した。
6、全国女性交流集会と日本母親大会の成功を
女性運動の中で同盟の任務と役割を明確にし協力・共闘を広げる。
全県本部で女性部の確立と支部女性部で運動を拡げる。
7、国際活動
韓国平和連帯の旅(10月12日〜17日)を成功させる。
討論では、3年間連続1万筆を突破した兵庫、岡山。2町で請願を採択した宮崎。政令指定都市で採択めざす川崎支部。同盟活動前進の基礎となる支部を再建し請願を採択、署名も前進させた北海道・函館支部。松戸・船橋二つの支部づくりの教訓を①中心になる3人を選び学習、当該党地区委員会と相談②戦前戦後の闘いの学習会③役員選び④会員拡大⑤支部の自主活動を重視―とまとめた千葉など、貴重な経験が発言されました。
発言者と主なテーマ。
▽溝渕政子中央女性部長=「全国女性交流集会」の成功と「第56回日本母親大会in福島8月28
・29日」の同盟からの参加を訴え
▽青森・高杉さと=日本母親大会の取り組み
▽和歌山・鶴田至弘=同盟活動のマンネリ打破
▽兵庫・築谷時雄=3年連続1万筆突破
▽神奈川・植田泰治=政令指定都市川崎市での請願採択にむけて
▽宮崎・天水貞照=口蹄疫、二町で請願採択
▽京都・岡本康=立命館大学で映画「布施辰治」上映、韓国併合100年で平和のための戦争展
▽新潟・藤田正=朝鮮・中国人強制労働
▽千葉・中山功=支部づくりと会員拡大
▽斎藤久枝中央国際部長=韓国平和の旅
▽愛媛・岡田厚美=韓国平和の旅の意義
▽島根・大森祥子=女性部活動
▽北海道・伊藤俊=支部活動の強化
▽宮城・根本京子=自衛隊情報保全対訴訟
▽奈良・田辺実=会員拡大と他団体との共同
▽茨城・久保田俊雄=政治的解決の追及を。民主4人が紹介議員に
▽高知・森岡幸一=若者との連携強化を
▽岡山・中元輝夫=3年連像1万筆突破
▽増本一彦副会長=衆参両院の法務委員対策の強化、横浜事件の「赤旗」公示の意義
▽近江谷昭二郎副委員長=同盟運動を国民的運動に発展させるために。
2010年8月15日 不屈 №434

「横浜事件」の勝利
報告会の席上、治安維持法犠牲者の名誉回復にはアメリカの日系米人強制収容問題の解決策が好例との提言がありました▼1946年太平洋戦争開始直後から終戦までの四年間、スパイ活動容疑を理由に、太平洋沿岸在住の日系米人約十二万人がロッキー山脈の麓の収容所に強制移住させられ、居住と営業の自由は奪われ、日常生活は犯罪者同様、監視下に置かれました▼戦争遂行上とはいえ人権じゅうりんの大事件。戦後四十年以上もたってレーガン大統領時代、米議会で『市民的自由法』が制定され、1990年先代のブッシュ大統領になって大統領の謝罪文とともに当時の生存者約六万人(八万人との説もある)に補償金、日系米人に二万ドル、日系カナダ人に二万一千ドル(当時の約二百五十万円)が支払われました▼①「政治決着」②犠牲者全員への謝罪と賠償③思想弾圧、人権侵害への名誉回復は実現可能な命題です。(元)
2010年8月15日 不屈 №434
各地で同盟本部大会ひらく《続》「不屈」紙を読んで入会 北海道
第32回道本部大会は7月25日札幌市で開催、代議員ら38人が出席しました。12支部の13人が困難な中でも目標に果敢に挑戦したいと発言。「署名は出足早く、雪降る前に飛躍を」「十勝で女性交流集会報告書を50部普及して女性部を結成した。さらに50部広めて会員を拡大したい」「『不屈』を読んでもらって会員を増やした」「多喜二の周囲にいた多くの人々を発掘し顕彰を。レ・パの犠牲者の苦労も明らかに」など意欲的な討論が続き、特別決議「在沖米軍の矢臼別移転反対」「衆院比例定数削減反対」「道教委は情報提供(密告)制度を撤回せよ」を採択。会長宮田汎氏、事務局長伊藤俊氏を選出しました。(宮田汎)
署名、会員拡大目標達成の中で 千葉県
6月15日、第37回県本部総会を開催。国賠署名とともに支部確立や会員拡大に努力し、昨年目標を達成し、新たに250名に取り組んでいることが報告されました。参加者からの発言も、この間の前進を反映し「支部結成総会に治安維持法犠牲者の高沢義人氏が講演し参加者に感銘を与え、8名の入会者を迎えました」「ビデオを活用した学習会に20名が参加した」など生きいきと語り、参加者に確信を与えた総会となりました。会長は中山功氏が再任され、副会長に鈴木実氏が就任しました。(中山功)
出足早い国賠署名運動を 茨城県
7月20日、県本部第24回総会が開催され、柳河瀬精中央本部会長が「今日の政治状況のもとで同盟運動を発展させよう」と題して特別挨拶。同盟第34回大会が「同盟運動を国民運動へと提起したことをふまえ、その「原点にしっかりと立つこと、新しい政治状況に立ち向かってこそ道を拓くことが出来る」と強調、参加者に勇気と確信を与えています。「出足早いとりくみを」のよびかけに応えて、海野幹雄副会長夫妻が、当日の午前、通院先の病院で待っている間
に40人の署名を集めてきたことを発言。出席者もビックリ。「100筆の目標を決意。すぐとりくむ。支部が運動の核。支部づくりに努力したい」など、全員が発言。会長に児島真、事務局長に久保田俊雄を再任しました。(久保田俊雄)
学習が同盟運動発展の力 鳥取県
7月25日、第19回大会が開催され、2年連続での県人口1%以上の国賠署名目標達成、この1年も全体としては活動が前進し、全支部に組織された女性部が多彩な活動で運動発展に取り組んでいる背景に10年間会員増を重ねていることなどが報告されました。今大会の特徴は「学習が同盟運動発展の力」と、特別講演「日韓併合100年」と柳河瀬精会長の「今日の政治状況のもとでの同盟運動の発展」の講演・学習に時間をさいたことです。大会は、新会長に草刈司氏と4人の副会長、理事13人、監査2名を選出しました。
会員拡大目標を引き上げて 広島県
7月25日、広島市中区八丁堀の幟会館で総会を開きました。参加者30名でした。活動報告、活動方針案について承認されましたが、会員拡大目標250名の提案が会員からの提案で300名に引き上げられ承認されました。また会計報告書が事務処理上の理由で提出できず事後承認となりました。新役員選出では、役員の若返りを目指しましたが、今回は1名のの新役員が加わりました。会長は山田慶昭氏を再任しました。総会に林洋武山口県本部会長・中央本部副会長を招いての講演では、大きな感銘を与え、数人の方から電話も頂きました。(片桐隆三)
2010年8月15日 不屈 №434
共産党員として不屈に闘いぬいた
佐藤儀右衛門の碑顕彰碑は秋田県の仙北平野(大仙市四ツ屋)のなかにある。
儀右エ門は1902(明35)年四ツ屋村の自作農兼小地主の一人息子に生まれたが7歳のとき倒産し、父は行方不明となり、母と2人で困苦を重ねながら小学6年を卒業とともに他家の作男として働いた。
1929(昭4)年四ツ屋村農民組合に加入、支部長となり、全農仙北郡協議会に参加し、小作争議の指導をはじめ、平鹿郡の小作争議も支援。
32(昭7)年共産党に入党するが、同年11月治安維持法違反で検挙、懲役2年の判決で投獄。出獄後、農民組合に参加し活動するが、終戦まで保護監察に附された。
戦後はただちに共産党再建に参加、46(昭21)年4月の第1回総選挙で共産党から立候補したが落選。
47年四ツ屋村農地委員、同村議、同食糧調整委員会委員長を務め、強権供出反対闘争で検挙・投獄された。さらに共産党の機関紙に対する占領軍からの指示、政令違反として検挙・投獄された。以後、共産党県委員、大曲市会議員を歴任。また土地改良区理事長として仙北平野の農業・農民のために献身的に努力した。
顕彰碑は土地改良に対する貢献に感謝し、92(平4)年に農民など土地改良関係者たちによって建立されたものである。(秋田県近江谷昭二郎)
2010年8月15日 不屈 №434

〈8.15終戦65周年記念ビラ〉
2010年8月15日不屈(毎月15日発行)№434
反戦反ファシズムを貫いた 永井智雄1934年2月、兵庫県警が発表した甲南高校学生9名検挙(甲南高校弾圧事件)は、関西財界人や官吏の子弟を教育するブルジョア学校として有名な高校であっただけに、関西一円の大きな話題となり、朝日新聞は「日本ブルジョアジーの終焉」「共産党も行くとこまで行った」とかき立てた。
山岳部で学習会山岳部7名を中心とした学習会参加者を、日本共産党の目的遂行として検挙した事件で、当時共産青年同盟神戸市委員長でもあった飯沼修―戦後俳優座に属し活躍した永井智雄―がいた。共産青年同盟班が作られ、共青班機関紙「白亜城」を発行して軍事教練反対の活動を行っていた。共青新聞読者は、20名が組織されていた。
山岳部に属した永井智雄を軸に、山行などのなかで、『資本論』『自然の弁証法』などを学びあっていた。当時、京都大学法学部院生(甲南高校1期生)であった加古祐二郎が、甲南高校の講師として来校。すでに岩波文庫で加藤正とエンゲルス『自然の弁証法』訳を出版していた加古祐二郎を、彼らの学習会の講師・相談役として、学習会が継続して行なわれた。
33年瀧川事件が、京都大学で起ると、その当事者で京都大学講師を辞職することになった一人が加古祐二郎であった。瀧川事件では、学生たちのたたかいは強く、甲南高校生も同窓会に応えて、教員支援にたちあがり永井らは、加古の京都の自宅の防衛にもあたった。
共青班では、プロレタリア科学同盟班も組織し、この「プロ科」の関係で、倉岡愛穂、大田耕士(戦後日本版画教育協会委員長、スタジオ・ジブリ宮崎駿の義父)ら民主的教師グループと共同の活動を行なっている。
母親から「ざるそば」の差入れ永井は「日本的ファシズムを批判する理知は、排除され投獄され、殺された。……こんな非人間的な現実に対抗し、変えていくためには、本格的な勉強をしなければだめだと思い始め、……民主的先生を囲んでヘーゲル哲学や資本論の勉強が始まった。先生は〝知識は力なり〞と色紙に書いてくれた」と語っている。
神戸拘置所では「拷問は痛かった。鉛筆で指をはさまれ、〝犬!げす!馬鹿!〞と怒鳴りつけていたが、そのうち逆さまにつるされて殴られてからはとうとう気絶してしまった。未決の決まった日、母がざるそばをもって面会に。食べながら母が〝転向しておくれよ、おまえ〞と言うと特高が〝見ろおふくろさんも心配しとるじゃないか〞と言う。そばを食うのをやめ椅子から立ち上がると〝馬鹿野郎〞と刑事にどなった。」
京都で活動を継続検挙後、永井以外8名は復学したが、永井は未決囚として神戸・大阪拘置所に2年の拘禁後、釈放され、同志社大学へ入学。そこでも、反ファシズム志向の「世界文化」に共鳴して作られた「学生評論」の発行に関わるなど闘いを続けた。この時、初めて演劇活動を開始。「学生評論」仲間の京大生永島孝雄と始めた「エラン・ヴィタール小劇場」である。(エラン・ヴィタールとは、生命のはずみ・創造の要求の意)布施杜生(弁護士布施辰治の三男)も参加する。
永島、布施ともに当時の京大での学内民主化・反戦の非合法組織「京大ケルン」のメンバーでもある。永島と布施は獄中で死亡した。
永井は、軍隊に送られたあと、戦後、俳優座所属の新劇俳優、また「安保体制打破新劇人会議」書記長、全国革新懇世話人として活躍した。
60年代の人気連続TV番組「事件記者」相沢キャップとしても茶の間の人気者になる。
(兵庫県本部・あさくらはじめ・要約)
2010年8月15日 不屈 №434
同盟歌壇 碓田のぼる選千葉県高沢義人
夏くれば宮古の餓死の戦友に詫びつつ一と日を断食に耐ゆ
兵庫県岸本守
共産党議席減らして悔しきと友は語りぬ涙ぐみつつ
大分県渡辺幹生
橙色凌霄花咲き出でて党の生まれし記念日近し
のうぜんかずら
福井県元山章一郎
若き日は通路に新聞敷いて寝し安保デモ隊夜行列車に
新潟県加茂川ハル子
息子より「口は病まずに良かったね」と言われしと言う媼は笑みて
静岡県江川佐一
沖縄のばあば総理へ吐き捨てる「うそつき」と言う皺の深さよ
北海道棟徹夫
荒れ庭にけもの道つけ踏み行けば蛙跳び出す思いがけずに
東京都若林義文
いしずえ会より米寿の祝い送りきし党八十八年に吾れも拠りきて
和歌山県中平喜祥
去年より今年が暑いと言い張れば体力の低下を疑われおり
鳥取県大久保禮吉
JRの改札に立つ実習生腕章眩し朝のあいさつ
岐阜県和田昌三
高らかに市長のメッセージ読み上げて平和行進はスタートしたる
〈選のあとに〉石川啄木の評論「食うべき詩」が書かれてから、今年はちょうど百年。「我々の要求する詩は、現在の日本に生活し現在の日本語を用ひ、現在の日本を了解してゐるところの日本人に依て歌はれた詩でなければならぬといふ事である。」と啄木は言います。点線は
啄木です。それぞれの作者が、自らの作品の自己検討に役立てたいもの。
2010年8月15日 不屈 №434
北から南から請願報告とお礼まわり 岡山
岡山支部は5月13日の国会請願行動に参加した後、署名に協力してもらった30数団体に報告とお礼の挨拶まわりをおこないました。
訪問先では各団体の協力で3年連続で全県目標1万筆を超えたこと、昨年まで協力してくれた県選出の民主党議員が紹介者になることを拒んだこと、などを報告。来年にむけて引き続き協力を要請してまわりました。
また、全会員にも手紙で国会請願の様子を伝え、出足早い行動を始めています。
(「不屈」岡山県本部より)
女性委員会活動強化方針 青森
昨年11月の「全国女性交流会」には県本部、東青・弘前支部から4人の代表を送り出した。カンパ活動とともに参加者の事前の学習会を持ち、女性委員会の果たしてきた役割を明らかにして発言を準備した。
女性委員会は県本部の活動を支え、中心的な推進力になっている。県本部は、支部体制の強化とともに、支部の女性部作りを援助する。今年の「全国女性交流集会」には、支部の女性部づくりを視野に、各支部最低1名の参加目標に取り組みを強める。(県本部大会方針)
東京山宣会結成の動き 東京
「東京山宣を語る会」(3月5日)の成功に支えられ、「千代田山宣会」の積極的伝統を引き継いで6年ぶりに「東京山宣会」の結成への準備がはじまりました。
結成へのプレ企画「東京山宣散歩―山宣虐殺の地と葬送の道を歩く」10月2日(土)午後1
時地下鉄南北線東大前駅1番出口集合 資料代500円
結成総会11月13日(土)呼びかけ人(団体・個人)と協力者募集中照会・参加申し込み=中央本部・藤田まで(090―4527―1129)
2010年8月15日 不屈 №434