小泉首相の靖国神社参拝に抗議する声明 1 小泉純一郎首相は、61回目の終戦記念日である8月15日に、首相就任後6年連続6回目となる靖国神社参拝を強行した。現職首相としての終戦記念日の参拝は、1985年の中曽根首相以来21年ぶりの暴挙である。
2 靖国神社は、戦前の国家神道の中心的存在であり、天皇のために忠義を尽くして戦死した人々を「英霊」として合祀し、国民が侵略戦争によって戦死することを美化・正当化するという軍国主義の精神的支柱としての役割を果たした。戦後も、こうした立場から「A級戦犯」を合祀するとともに、アジアで2000万人を超える人々を殺し、日本にも300万人の死者を生じさせた侵略戦争を一貫して美化し、「正しい戦争」だったと宣伝するセンターとして行動している。
国政の最高責任者である首相の参拝は、靖国神社の歴史観や政治的立場を日本政府として公認することにほかならない。平和を求める国民やアジアの人々に敵対するものであり、かつ、侵略戦争を反省し否定することによって成り立ってきた戦後の国際秩序に正面から反する行為である。国内のみならず、中国や韓国などアジアの国々で厳しい抗議や怒りの声があがっているのは当然である。
3 また、首相による靖国神社参拝は、日本国憲法の定める「政教分離の原則」に違反するものである。憲法は、国家と神道の結びつきを断ち切るために、20条3項で「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」と規定している。靖国神社は宗教団体であり、参拝は宗教行為そのものである。国の機関である首相が靖国神社に参拝することが憲法20条3項違反であることは誰の目にも明らかである。内閣総理大臣として負担している憲法尊重擁護義務(99条)にも正面から背を向けるものである。各地における靖国参拝違憲訴訟においても、首相の参拝を合憲としたものはひとつもなく、違憲判断が2度にわたってなされているが、この司法判断をも真っ向から無視するものである。
4 小泉首相は、国の内外の厳しい批判や裁判所の違憲判断をことごとく無視して、靖国参拝を繰り返しているが、これは、憲法9条を変えて日本を「戦争する国」に作りかえようとする策動と同じねらいをもったものといわざるをえない。
私たち自由法曹団は、日本国憲法の平和主義及び「政教分離の原則」を踏みにじり、アジア諸国民との信頼関係を破壊する小泉首相の靖国参拝を断じて許すことはできない。首相の靖国参拝に強く抗議するものである。
2006年8月17日
自由法曹団 団長 坂 本 修
ドイツ紙
反抗的で愚かな行為 小泉首相靖国参拝
【ベルリン=中村美弥子】小泉純一郎首相が終戦記念日に靖国神社を参拝したことについて、十六日付の南ドイツ新聞とフランクフルター・アルゲマイネ紙は、首相の外交姿勢を批判しました。
南ドイツ新聞の記事は、「小泉首相は、靖国神社参拝という反抗的で愚かな行為を最後に国際政治の舞台から去ることになった」とし、日中関係悪化の原因は首相の靖国参拝にあると断言しました。今回の参拝で小泉政権の外交は「無分別の極みに達した」と批判しました。
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平和遺族会が抗議声明 安倍氏の靖国参拝に 安倍官房長官が4月に靖国神社に参拝した問題で、平和遺族会全国連絡会の西川重則代表は5日、「宗教法人靖国神社という宗教施設での行為であり、憲法の政教分離原則に違反する」などとする抗議声明を出した。
asahi.com 2006年08月05日18時43分
靖国合祀、国主導の原案 「神社が決定」に変更 戦没者の靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省が1956年2月の時点で、合祀者は国が決定するなど国主導で合祀事務を実施するとの要綱原案をまとめていたことが28日、朝日新聞社が入手した同省の文書で明らかになった。「厚生省が合祀者を決めて神社に通知する」「合祀事務の体系は(靖国神社が国の管理下にあった)終戦前のものに準じる」と記している。新憲法の政教分離原則に触れる疑いが濃く、2カ月後にできた要綱では、神社が合祀者を決め、国は照会に応じるものと変更されたが、独立回復後に国が主体的に合祀を進めようと構想していた実態が浮かんだ。
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“靖国”派の思惑破綻
A級戦犯合祀に昭和天皇「不快感」
日本共産党の志位委員長が談話 志位和夫委員長は二十日、A級戦犯靖国合祀(ごうし)にたいする昭和天皇の「不快感」発言について、次の談話を発表しました。
一、わが党は、「しんぶん赤旗」に掲載した論文
「首相参拝と“靖国”派の要求」(二〇〇五年六月十一日付)などで、“靖国史観”を信奉する勢力の目標が、まず首相に靖国参拝をさせ、それを政府の閣僚の全員と三権の長を勢ぞろいさせる行事に発展させ、さらには天皇の参拝を実現することで、「日本の戦争は正しかった」とする自分たちの戦争観を、公認の日本の国論にすることにあることを、明らかにしてきた。
実際、靖国神社の後援で「英霊にこたえる会」が製作し、遊就館で毎日上映されていたドキュメント映画「君にめぐりあいたい」は、その要求を「英霊」の名によって公然ともちだしていた。
一、昭和天皇が、一九八八年、靖国神社のA級戦犯合祀に「不快感」を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と語っていた史料が明らかになったことは、“靖国”派のこのシナリオと目標が、破綻(はたん)したことを意味する。
それはまた、“靖国”派の要求に応じて、参拝をくりかえしてきた小泉首相の主張に、道理がないことを、いよいよ浮き彫りにするものとなった。
わが党は、首相が、みずからの間違った立場をすみやかにただし、靖国参拝中止の決断をすることを、あらためて強くもとめるものである。
「しんぶん赤旗」 2006年7月21日(金)
●首相参拝と“靖国”派の要求 >>
昭和天皇の苦い思い、浮き彫りに 昭和天皇の靖国神社参拝が途絶えたのは、A級戦犯合祀(ごうし)に不快感を抱いたからだった。富田朝彦元宮内庁長官のメモは、天皇の戦争への苦い思いを浮き彫りにした。
公開された富田朝彦・元宮内庁長官の手帳と日記 A級戦犯合祀に不快感を抱いている――。その思いは、複数の元側近らから聞いていた。
「陛下は合祀を聞くと即座に『今後は参拝しない』との意向を示された」
「陛下がお怒りになったため参拝が無くなった。合祀を決断した人は大ばか者」
なかでも徳川義寛元侍従長の証言は詳細で具体的だった。
14名のA級戦犯を含む合祀者名簿を持参した神社側に対して、宮内庁は、軍人でもなく、刑死や獄死でもなく病死だった松岡洋右元外相が含まれていることを例にとって疑問を呈した。だが、合祀に踏み切った。
87年の8月15日。天皇は靖国神社についてこんな歌を詠んだ。
この年の この日にもまた 靖国の みやしろのことに うれひはふかし
徳川氏によると、この歌には、元歌があった。それは、靖国に祭られた「祭神」への憂いを詠んだものだったという。
「ただ、そのまま出すといろいろ支障があるので、合祀がおかしいとも、それでごたつくのがおかしいとも、どちらともとれるようなものにしていただいた」
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昭和天皇
「私はあれ以来参拝していない」
A級戦犯合祀 昭和天皇が死去前年の1988年、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)されたことについて、「私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などと発言したメモが残されていることが分かった。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が発言をメモに記し、家族が保管していた。昭和天皇は靖国神社に戦後8回参拝。78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝していなかった。A級戦犯合祀後に昭和天皇が靖国参拝をしなかったことをめぐっては、合祀当時の側近が昭和天皇が不快感を抱いていた、と証言しており、今回のメモでその思いが裏付けられた格好だ。
昭和天皇の発言を記したメモ メモは88年4月28日付。それによると、昭和天皇の発言として「私は 或(あ)る時に、A級(戦犯)が合祀され その上 松岡、白取(原文のまま)までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と記されている。
これらの個人名は、日独伊三国同盟を推進し、A級戦犯として合祀された松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐伊大使、66年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが合祀していなかった筑波藤麿・靖国神社宮司を指しているとみられる。
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戦争正当化「支持するのか」
「靖国」で首相に質問集中 APEC記者会見--------------------------------------------------
【釜山=中村圭吾】アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が閉幕した十九日、記者会見した小泉首相に対し、内外記者団から靖国参拝問題への質問が集中、首相は弁明に追われ、開き直りました。
会見では質問にたった四人の記者のうち三人が靖国問題を質問。このうち韓国アリラン国際放送の記者は、「大勢の人を連れて内外に放送される参拝は私的ではないのではないか」と質問。
また英BBC放送記者は、靖国神社の戦争博物館、遊就館が日本の過去の戦争を「防衛のためとして正当化する見解を流している」と指摘。「この解釈を支持しているのか」と質問し、参拝は世界に日本の姿勢を疑わせる「あいまいなメッセージを送ることになるのではないか」とただしました。
小泉首相は「仕事柄、SP(警護官)がいる」「テレビはどこにでもついてくる」などと弁明。遊就館の戦争正当化については「その見解を支持していない」と答えました。
韓国、中国との関係打開については、「一つの問題で全体の関係を損なわないようにすることが大事だ」「時間がたてば理解される」と繰り返しました。
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2005年11月20日(日) 「しんぶん赤旗」
自由法曹団は小泉首相の靖国神社参拝に強く抗議し、本日声明を発表しました。
小泉首相の靖国神社参拝に抗議する声明 自由法曹団
「首相の靖国参拝は違憲」
大阪高裁判決、賠償は認めず
小泉首相の靖国神社参拝をめぐる違憲訴訟の控訴審判決に臨むため、大阪高裁に入る原告団=30日午前9時42分、大阪市北区で
小泉首相の靖国神社参拝に違憲の判断が出され、記者会見の最後に涙を浮かべる高金素梅さん(左端)ら原告団=30日午前11時1分、大阪市北区の司法記者クラブで 01年から03年にかけての3度にわたる小泉純一郎首相の靖国神社参拝で精神的苦痛を受けたとして、台湾人116人を含む計188人が、国と小泉首相、靖国神社に1人あたり1万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が30日、大阪高裁であった。大谷正治裁判長は、参拝が首相の職務として行われたとしたうえで、「国内外の強い批判にもかかわらず、参拝を継続しており、国が靖国神社を特別に支援している印象を与え、特定宗教を助長している」として、憲法の禁じる宗教的活動にあたると認めた。一方で、信教の自由などの権利が侵害されたとは言えないとして、原告らの控訴を棄却した。
小泉首相の靖国参拝をめぐる訴訟の判決は、全国の6地裁と2高裁で計9件言い渡されており、いずれも賠償請求を退けている。このうち昨年4月の福岡地裁判決が違憲判断を示したが、高裁の違憲判断は初めて。過去には中曽根康弘元首相の靖国神社公式参拝について、大阪高裁が違憲の疑いがあるとする判決を出している。
今回の訴訟の対象になったのは、小泉首相の昨年までの4回の参拝のうち、01年8月13日、02年4月21日、03年1月14日に行ったもの。
判決はまず、参拝が首相の職務にあたるかを検討。公用車を使用し首相秘書官を伴っていた▽公約の実行としてなされた▽小泉首相が私的参拝と明言せず、公的立場を否定していなかったこと――などから、「内閣総理大臣の職務と認めるのが相当」と判断した。
さらに、3度にわたって参拝し、1年に1度の参拝をする意志を表明するなど参拝実施の意図が強固だったと認定。「国と靖国神社の間にのみ意識的に特別にかかわり合いを持ち、一般人に国が靖国神社を特別に支援している印象を与えた」とした。
そのうえで、参拝の効果について「特定の宗教に対する助長、促進になると認められ、我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超える」として、憲法20条3項の禁止する宗教的活動にあたると結論づけた。
一方で、首相の参拝が原告らに対して靖国神社への信仰を奨励したり、その祭祀(さい・し)に賛同するよう求めたりしたとは認められないと指摘。原告らの権利や利益は侵害されていないと判断し、損害賠償請求は一審に続いて退けた。
訴訟は、台湾立法院議員で原住民族「タイヤル族」の高金素梅さん(40)らが参加し、03年2月に起こされた。原住民族の中には第2次大戦中に日本軍のもとで戦った戦没者の遺族も含まれ、「日本の植民地支配で被害を被っており、戦前日本の精神的支柱である靖国神社への首相の参拝で苦痛を受けた」などと主張した。
昨年5月の一審・大阪地裁判決は、首相が3回の参拝で公用車を使ったり、秘書官を同行させたりした点について「緊急事態や警備のため」と指摘し、首相の職務行為に当たらないと判断。参拝で原告らが不利益を被ったとは言えないとして、憲法判断に踏み込まないまま原告の請求を棄却した。原告はこれを不服として控訴していた。
靖国神社は「首相参拝が違憲と判断されたのは極めて遺憾である」とのコメントを出した。
◇
《判決骨子》
◆職務行為性
小泉首相の靖国神社参拝は内閣総理大臣としての職務でなされた。
◆違憲性
小泉首相の3度にわたる参拝で、国は靖国神社との間で特別のかかわり合いを持った。特定の宗教を助長し、相当とされる限度を超えており、参拝は憲法が禁止する宗教的活動にあたる。
◆法的利益の侵害
参拝で、原告らの信教の自由などを根拠とする権利、利益について強制や干渉、権利の侵害があったとは認められない。
2005年09月30日13時20分 asahi.comトップ > 社会 > 裁判