書架散策/丹羽郁生
ユリウス・フチーク著、栗栖継訳
『絞首台からのレポート』
原稿の削除・改ざんの事実に驚き
フチーク(1903~43年)は、チェコのジャーナリスト・評論家で、ナチス・ドイツ占領下の共産党地下中央委員であった。プラハの監獄で看守らの命懸けの協力を得て密かに書かれ、獄外に持ち出された原稿は172枚。42年4月に逮捕、せいさんな拷問で死にひんしたその1年後、別の刑務所へ移送される前日6月9日までの2カ月余りの短期間である。
フチークがベルリンで処刑されたのは、そのわずか3カ月後のことであった。残された原稿は、解放後の45年10月に出版されて大反響を呼び、国外でも日本語も含め80言語に翻訳・出版された。
私が作品に出合ったのは遅く、イラク戦争勃発前年の02年、栗栖継氏が3度目の翻訳に挑んだ77年発行の文庫版であった。作品の外に、訳者の大部の訳注や詳細な年譜と解説などが収められていた。
開巻と同時に作品世界に引き込まれた私は、読み進むごとに衝撃と感動を覚えた。作品は、反ナチ抵抗闘争に生きた数多くの戦士たちの姿や、残忍な拷問を繰り返すゲシュタポの姿など、多くの人間像が生き生きと描かれていた。読了時、半世紀を生きた自分の立ち位置が問われているように思った。フチークの声が聞こえ、背中を突かれた。「君は今、時の逆流に流され、眠ってはいないか」と。
この驚愕の書に導かれて、私は4年後に拙い中編小説を書いた。その折、栗栖氏に引用の了解を請い、快諾のご返事をいただいた。驚いたのは手紙にあった、原典内でのフチーク原稿の少なくない削除・改ざんの事実であった。
それはフチークの短見的美化のために、原稿を秘匿していた共産党によって行われ、89年の民主化革命後の全面公開で明らかになったことという。氏は述べた。若くして非業の死を遂げたフチークや多喜二の果せなかったことを、命のある限り果たさねばならない。絶版となっている本書の完全改訳で、逆に真の英雄の姿が明らかになることを氏は強く望まれている。
(作家)
岩波文庫
( 2011年08月07日 しんぶん「赤旗」)