和歌山西支部世話人会1月24日和歌山西世話人会が開かれました。昨年度は自主目標をかろうじて突破したものの、署名収集に当たった会員が少なく一部の会員の大奮闘によるところが大きかったことを反省。会員全員に署名用紙を届けるとともに共産党の方々にも協力を頼み世話人がそれぞれ目標に責任を持つことを確認し即刻取り組みを始めました。1月末現在1000の目標に対して60筆です。
コラム ◆国会がバカバカしい議論の毎日を繰り返している。「硫黄島は硫黄島(じま)か硫黄島(とう)か」「委員会を抜け出して飲んだのは水かコーヒーか」。自民党の民主党イジメだがテレビを見ていて悲しくなる。外国の人が議事録を読んだら小学校の教材と思うに違いない。◆同時に民主党は迷走から右転落を加速しハンドルを完全にアメリカと財界にゆだねた感じである。マニフェストはみごとに雲散霧消し、閣僚は右往左往し同党議員各位も選挙を前オロオロする日々が醜い。◆そのせいもあってか、同盟の「国家賠償を求める」国会請願に対し、民主党の紹介議員は9年度○名、10年度○名、11年度○名と激減し続けている。党の右傾化と歩調をあわせ議員各位の右転落節操のなさが「見事」であることも哀しい。県下の国会議員9名のうち紹介議員を承諾したのは岸本周平氏1名のみだった。◆国会法務委員会も請願を無視した。下らぬ論議をしているのならせめて真面目に請願を真面目に読むべきだろう。しかし治安維持法を知らぬ議員も多い当節である。国会での勉強が足らぬ各位には吾等が地方で学びの材を提供し地方議員も含め語り合うことも大切かもしれない。
今年度は地方議会への要請活動も始めよう
第二回拡大常任委員会の論議より1月14日県同盟拡大常任委員会(常任委員と伊都・橋本、那賀、和歌山北、和歌山西、海南各支部の支部長・事務局長)がひらかれました。
昨年の県大会で「地方議会での『国賠要請決議』を取り組もう」との意見が強く出されました。最近では大阪府高槻市、同島本町、石川県かくほ市議会決議に成功しています。また採択には至りませんでしたが青森市議会では1票さまで追い上げるところまできています。
和歌山県でも「平成の合併」以前の市町村では先進的に決議がされていましたが、合併後の改めての取り組みがなされていませんし未採択のままの市町村もそのまま残されています。
不屈 和歌山県版
「不屈 和歌山県版」更新は 2012年2月18日 です
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「不屈 和歌山県版」のブログです。
憲法の話題、平和と戦争の話題、暮らしの話題、短歌、俳句、川柳など機関紙「不屈和歌山県版」「不屈中央版」「不屈各支部版」の記事を中心に掲載していきます。
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新着 不屈 和歌山県版 №245(2012.01.15号)
不屈 中央版 №451(2012.1.15号)
治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟和歌山県本部640-8343 和歌山市吉田102番地 国労会館2F
tel 073 422 7076 fax 073 422 7076
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不屈 和歌山県版 245号(1)
2012.1.15「身内の壁」を乗り越えて
ことしは、一歩前進へ
遠望紀州富士 山本次郎氏撮影 
不屈 和歌山県版 245号(1) 2012.1.15 「身内の壁」を乗り越えて
不屈 和歌山県版 245号 (2)
2012.1.15和歌山市内3支部協議会
いろんな意見がいっぱい

不屈 和歌山県版 245号 (2) 2012.1.15 和歌山市内3支部協議会
不屈 和歌山県版 245号(3)
2012.1.15学習資料 治安維持法
不屈 和歌山県版 245号(3) 2012.1.15 学習資料
不屈 和歌山県版 245号(4)
2012年1月25日
今伝えておきたいもの
和 歌 山 大 空 襲

不屈 和歌山県版 245号(4) 2012年1月25日
今伝えておきたいもの 和歌山大空襲
不屈 和歌山県版 245号(4)
2012年1月25日
メディアと民主主義

不屈 和歌山県版 245号(4) 2012年1月25日 メディアと民主主義
主な記事 不屈 中央版 451号 ◎ 迎春 夜明けのうた ・・・・・・・・・ 1
◎ 新年のあいさつと決意 ・・・・・・・・・ 2
◎ 書棚/「海に墓標を」 ・・・・・・・・・・ 4
◎ 新春随想/桑原英武・はた愛・大久保康裕
・・・・・・・・・ 5
◎ 抵抗の群像/栃木県・室井篤 ・・・・・ 6
◎ 顕彰碑/「映画人ノ墓碑」 ・・・・・・・・ 7
◎ 時の焦点/「平和への権利宣言」 ・・・・ 7
不屈 中央版 451号 (1)
2012.1.15 主な記事



不屈 中央版 451号 (1) 2012.1.15 迎春 夜明けのうた
新しい年を意気高く不屈 中央版 451号付録(1) 2012.1.15



不屈 中央版 451号付録(1) 2012.1.15 新しい年を意気高く
不屈 中央版 451号 付録(20)
2012.1.15
同盟の出版案内



不屈 中央版 451号 付録(20) 2012.1.15 同盟の出版案内
不屈 和歌山県版 №243 (1) 2011.11.15
主な記事 国会請願行動
支部のうごき
こだま 清水寺で「治安維持法犠牲者慰霊祭」
新役員と共産党の懇談
不屈バスツアー参加記
私たちの運動の基本 ふたたび戦争と暗黒政治を許すな。
一 治安維持法体制の復活に反対する。
二 国は、戦前の治安維持法が人道に反する法律であったことを認めること。
三 国は、治安維持法の犠牲者に謝罪と賠償をおこなうこと。
不屈 和歌山県版 №243 (1) 2011.11.15
国会請願に行ってきました
和歌山より4名が参加 再び物言えぬ時代にならないようにとの、皆さんの思いのこもった署名を携えて、和歌山から四名(写真)が国会請願に行ってきました。

今年は東日本大震災で、五月の国会請願が延期になり、春の選挙などで遅れていた署名を挽回しようと各支部が頑張り、昨年を上回る合計八二四二筆となりました。
衆議院会館大会議室での全体集会では、全国から一四二人が参加し、会長の挨拶に続いて、犠牲者から「私の生きているうちに謝罪して」との訴えがありました。
午後から各県の選出議員に紹介議員承諾の要請に廻り、和歌山選出九名の衆・参議員事務所を訪問しました。昨年改築され、新しく広くなった議員会館の岸本議員の事務所では、秘書の対応もやわらかく、私たちも昨年のお礼をいい、今年もぜひ紹介議員をよろしくとお願いしました。綺麗になった部屋もどうぞ見て下さいと案内して下さる一幕もありました。他の八名の事務所でも、議員は国会開催中でお会いできませんでしたが、秘書の方が丁寧に、でも一部義務的と感じられるところもある対応でした。
持参した署名を分けてそれぞれ預けたのですが、受け取らない方が二名と、政府委員になったので紹介議員にはなれないからと一名から断られました。検討のうえ、返事は後日です。
毎年の国会請願ですが、紹介議員をお願いするには、やはりもっと沢山署名を積み上げないと効果はないのではないかと思いました。
また、集会には各政党に挨拶かメッセージをお願いしていましたが、前日に社民党から国会中で忙しく出席できないが、議員には訪問の件指示していますとの連絡があり、出席は日本共産党の井上哲士・宮本岳志の両議員で、激励のご挨拶がありました。(事務局長 H ・ N子)
不屈 和歌山県版 №243 (1) 2011.11.15

西牟婁支部支部総会
一〇月一九日、西牟婁支部の総会が聞かれました。来賓として日本共産党から高田由一県会議員が出席し挨拶されました。
一年間を総括し、支部のこれまでの最高の署名八八九筆を確認、「知事発言」などで情勢を討議し、自治体請願、会員拡大など、今年度の方針を決めました。
総会で選出された支部役員は次のとおりです。
支部長 塚田 哲朗
副支部長 井潤 治
同 広畑 敏雄
同 真砂 みよ子
事務局長 真砂 宏一
橋本・伊都支部支部総会
一〇月ニ八日、橋本・伊都支部の総会が開らかれました。古倉支部長は挨拶の中で、「今の情勢に比べると同盟はまだまだ力不足だ。自信をもって活動できるよう、学習活動を強化しよう」と呼びかけました。
討議の中では、県下でいち早く署名目標を達成したことを確信に、来年早々同盟がイニシアチブをもって大衆的に学習会を成功させることを確認しました。
総会で選出された支部役員は次のとおりです。
支部長 古倉 伸二
副支部長 九鬼 堅
事務局長 佐々木 磐夫
事務局次長 細川 豊三郎
和歌山北支部 支部総会
和歌山北支部は一一月六日支部総会を行いました。支部は六年ぶりに署名目標を達成して全県の成果にも貢献しました。初参加の北谷さんは、7・9和歌山犬空襲を、「軍隊は天皇の御真影を守ることに全力を挙げ、多くの市民が焼け死んだ」と怒りをもって語りました。また、討論の中で「若者との懇談会」や「映像を使っての学習会」の大切さや、「9条を守ろう紀の川市民の会」で活動している和歌山大学の学生に「治安維持法」について知ってもらうことの大切さを確認しました。
総会で選出された支部役員は次のとおりです。
支部長 西村純一
副支部長 正木 善夫
同 南畑幸代
事務局長 矢田 一也
不屈 和歌山県版 №243 2011.11.15 (2)

◆京都清水寺・大講堂・円通殿で一〇月二三日、「治安維持法犠牲者慰霊祭」が行われた。堂内におごそかな演奏と読経が響き渡る下で進められた。これは、戦後六六年を経て初めての催しである。諸外国に比して、いまだ遅々として「弾圧犠牲者」への謝罪と、国家賠償を含めた名誉回復が進まない現状に一石を投じる催しである。◆恒例となっている国会への請願行動は、「大震災」などの事情により一一月九日になった。全国的に署名目標達成とその上積みが急がれる。この「署名」と「請願行動」を展開し、前進させる重要性は今さら論を待つまでもなく、国賠同盟の正面の課題である。◆とはいえ、いま治安維持法・犠牲者の物故者が増え、存命者が少なくなる下で、国賠同盟の存在意義が問われつつある。アジアに生きる日本に、かっての侵略戦争に反対した少なくない先人がいたことを顕彰し、その存在をわが国以外に明らかにすることは、国賠同盟の今日的な一つの運動方向を示唆しているのではなかろうか。◆各都道府県レペルでの取り組みを創意ある形態で広げることが必要ではないだろうか。
不屈 和歌山県版 №243 2011.11.15 (2)
新役員共産党県委員会を訪問
諸課題について懇談 11月12日、同盟県本部のT会長はじめI副会長、N副会長、H事務局長、T常任理事、S常任理事の6名が、共産党和歌山県委員会を表敬訪問し、竹内良平県委員長に、同盟県本部第2
2回大会で選出された役員を紹介し、新任の挨拶をしました。
同時に同盟の方から組織の現状や当面の課題を報告するとともに、次の点て、一層の指導、協力方をお願いし懇談しました。
① 同盟は各自治体へ「治安維持法犠牲者の名誉回復を求める国への意見書」をあげる運動を強化したいので、党議員(団)の一層のご協力をお願いしたいこと。
② 組織拡大と署名運動を強化していくに当たって、一層のご指導とご協力をお願いしたいこと。
③ 学習会への講師派遣などご協力いただきたいこと。
不屈 和歌山県版 №243 (3) 2011.11.15
会費納入とカンパを 会員の皆さんにお願いします。
年末が押し迫つてきています。本年度の会費をまだ納めておられない方は会費の納入を、また、年末のカンパを皆さんにお願いします。会費とカンパは支部へ12月22日までに届くようご協力お願いします。

(絵手紹 かずよ)
不屈 和歌山県版 №243 (3) 2011.11.15

日高支部 Y ・ Y子画学生の未完の画布や冬日窓
雙ら館紅葉林にかこまれて
画学生ふるさとを描く野分前
秋深し婚約者の像未完とす
戦争や絵の具も筆も凍りつく
不屈 和歌山県版 N0.243 (4) 2011.11.15
県本部 A ・ K代 今年の県本部「不屈」バスツアーは、三九人の参加者とバスガイドさんでまさに満席のバスツアーとなった。信州、安曇野という秋の旅では最高の行先であると同時に、「無言館とちひろ美術館」セットと「山宣、高倉テルの碑」という豪華版であった。
今回の特徴として、西牟婁支部内から和歌山市に前泊で七人が参加、那賀支部、日高支部、紀南支部からも参加、取り組みとしては過去にない全県的なバスツアーとなったといえる。
曇空の一日でアルプス連山の美しい姿には出会えなかったが、信濃の山々を眺めながら飽きずに車の旅ができた。
「無言館」は二回目の訪れだが、初めて観る作品もあれば、前回印象的であった作品が今回は見当たらなかった寂しさもあった。一点一点がどれも当時を想像すれば、胸が締め付けられるものばかりである。お母さん、妹、恋人、大切な人や情景をキャンバスに残し、命を消していった。
一〇代、二〇代の大正生まれの若者に、私たちは何を言ったらいいのだろうか。その絵を描いた思いをハガキや手紙に綴っているのを読んで涙するしかなかった。
一九三三年に治安維持法違反で検挙された高倉テルと山本宣治の記念碑は、別所温泉安楽寺入口に地元の「山宣守る会」によって建立維持されている。碑の前に立ち八二年前に暗殺された「山宣」の映画の一場面が一瞬頭に浮かんだ。
打って変って安曇野の「ちひろ美術館」は、北アルプスに抱かれた広大な平地に、お花畑と一緒に楽しめる明るい美術館である。松本知弘(いわさきちひろ)の生い立ちから青春時代、子育ての時期、戦後日本共産党に入党し、平和としあわせを追求しながら画家として成功を遂げた「ちひろ」のすべてが展示さ
れている。木製いすにゆったり身を沈めて北アルプスを眺められるコーナーもあるが、時間制限のある旅人にはその余裕はない。「世界の絵本」の部屋、子どもの広場なども設置されているが、所要時間内では無理だ。芝生の中にテーブルが置かれていて、コーヒータイムを楽しむことができた。
今年はダイナミックな一泊ツアーだった。
不屈 和歌山県版 N0.243 (4~5) 2011.11.15
「無言館」を訪れて
紀南支部 U ・ Tや 戦没画学生慰霊美術館「無言館」は、長野県上田市の赤松の林に囲まれた丘陵の一角にあった。
照明を抑えた館内には、画学生の自画像や、田舎の貧しい暮らしの中から東京の美術学校に行かせてくれた父母、いつも可愛かってくれた祖母の姿など、身近な人達をモデルにした絵が並んでいる。描かれた人物の衣服の柄は、私の姉や母の着物と似ていて、とても親近感を覚えた。
それらの絵の一点ずつの説明には、美術学校の卒業年と、戦死した場所が明示されている。戦死の場所は、中国や南方各地にわたっているが、中でも比島が多く、戦死の年齢は二〇歳台が多い。
今回のツアーのお陰で、当時国民学校三年生たった私か七六歳の今、半世紀を経て、無念の画学生の遺した絵と直接対面することが出来た。もし、窪島誠一郎氏(館主)が遺された絵を探し出し、一堂に展示する美術館づくりの情熱と行動力がなければ、おそらく各自の家で一部の人の目にふれるだけで、やがて散逸したかもしれない
つい先日の臨時国会で、地元選出のS議員は、新しい歴史教科書の採用を巡る問題で、採用の立場から政府を追及していた。私たちの住む現在の日本では、戦没画学生を含む三〇〇万人を超える戦死者の思いを生かそうとする側と、それに逆らう側か激しく綱を引き合っているのではないだろうか。
私の今の生活態度は、これら戦死者の思いに充分添っているのかと、改めて自己を見つめなおしながら館を後にした。
不屈 和歌山県版 N0.243 (5) 2011.11.15
串本町 F ・ K子 何といってもガイドさんの話がとてもよかった。深いところまで、自分のものにしているガイドさんでした。話し方も情感豊かでした。
一日目の無言館は、「一度は行っておいで」と、今は亡き友から言われていました。うす暗い館内で、聞こえぬ声を聞くってなかなか……疲れてしまいました。無言館での友の生前の作歌です。「未完成の己が絵を守るひとりかも我にI瞬くろき影添ふ」
ちひろ美術館・公園は、期待どおりのものでした。私とちひろさんの絵との出会いは、遠い日の『子どものしあわせ』の表紙です。それからずっと大好きです。ここでの時間が短かったので少し残念でしたが……。一日、ゆっくりと孫と一緒に来たいなと思いました。
車中では懐かしい歌、童謡などいっしよに口ずさむことができて楽しい旅になりました。
匿名さん 迷うことなく参加を申し込んでよかった。鹿児島県の知覧で感じたものと違うずっしり、しっとりした思いになりました。
やはり建設した動機の違いがあるからでしょうね。
次回は、迷うことなく参加するとすれ
次回は、山口県長門にある童謡詩人「金子みすず」記念館をお勧めします。
串本町 Y・T Y・C 行きたいと以前から思っていたのが、おかげさまで行けました。とても良かったです。楽しかったです。
会の雰囲気も良く、しっかり考え方をもっている方というのはすばらしいと思いました。細かく行き届いたお世話ごくろうさまでした。ありがとうございました。
不屈 和歌山県版 №243 (6) 2011.11.15
嵐のなかでたたかいを前進させている
スペインを再び訪ねて「歴史の記憶に関する法律」のその後と
日本国憲法9条の碑を見る
吉 田 好 一治安維持法国賠同盟と共催で 私は、本誌「治安維持法と現代」二〇〇八年秋季号に「反ファシズムの集大成 スペイン『歴史の記憶に関する法律」と題する文章を掲載させていただいた。そのなかで、「歴史の記憶に関する法律」(以下、「記憶法」と略)の内容や成立した経過について簡単に書いた(注参照)。
この法律を知ったのは、国連拷問禁止委員であるスペインのマリーニョ・メネンデスさん(カルロスⅢ世大学教授)を通してであった。
二〇〇七年五月、拷問禁止条約第一回日本政府報告書蜜査については、本誌二〇〇七年秋季号に、国際人権活動日本委員会など四団体の「意見」が、二〇〇八年秋季号には、拷問禁止委貝会の「結論と勧告」が掲載されている。改めて本誌編集部のご努力に敬意を表したい。
本文は「記憶法」のだたかいが、その後どうなっているのか、二〇〇九年四月{国際人権活動日本委員会主催}と今年六月一一六日から七月三日まで、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟との共催によるツアーが企画され、二四名が参加した。その内容をお伝えしたい。
「記憶法」の専門家お二人と意見交流会 六月―八日、マドリッドで、一一年前に訪問したときにお匪話になったメネンデスさんと、同僚で「記憶法」の専門家であるラファエル・エスクデロ教授のお二人と意見交流会(下の写真)が行われた。
最初に私から「フランコの内戦・独裁時代における犠牲者の名誉回復のための『記憶法』は日本でも関心が高い。日本の歴代政府は侵略と植民地支配、国内外の弾圧を反省していない。こういう法律をぜひ日本でもつくりたい。東日本大震災での福島第一原発事故は放射能を世界に撒き散らしている。広島・長崎で被爆国となった日本が、いま加害国になっている。原発をなくし、スペインでも進んでいる自然子不ルギーによる発電についても学びたい」と発言しました
メネンデス教授は「ふたたびお会いできて非常に嬉しい。国連の拷問禁止委員をしている。国運に訴えにきた布川事件が無罪を勝ち取った報告は大変うれしく感じている。三月の大震災にお見舞い申し上げる。スペインには八か所の原発があり、サパテロ社会党政権は閉める計画はないが、新しく作る計画もない。ここ数年太陽パネル、風力発電などが急激に伸びている。フランコによる犠牲者の骨を子孫に返す、先祖の名誉を回復するのは非常に難しい」と述べた。
エスクデロ教授は「一九三六年以来フランコにより一四万四千人が合同墓地に葬られている。「記憶法」は政党ではなく市民団体で問題にし社会党が支持して出来た。国民党(右派)は『昔の傷を広げる』と反対している。次回の総選挙でサパテロ政権が負ければ『記憶法』がなくなるかもしれない。フランコ主義の思想は根強く残っている。特に警察や車隊の中に。フランコの墓も残っている。教科書に共和同政府のことが書かれていない」など、「記憶法」に基づくたたかいの前進が、逆流に抗して厳しいものになっていると話された。
ゲルニカ、グランカナリア島に分かれて 代衣団は二九日よりAコース(一三名)、Bコース(九名)の二つに分かれた。
Aコースはスペイン最古の大学の街サラマンカの「歴史の記憶法資料館」を見学。七月一日にはパブロ・ピカソの壁画で有名なゲルニカヘ。一九三七年四月二六日、フランコはヒトラーなどの力を借りて広島・長崎へっながるゲルニカヘの無差別爆撃を行った。ゲルニカ平和博物館(本誌[日本と世界の戦争博物館]参照)を見学し、空爆の被害者である八八歳のルイス・イリオンドさんの体験を聞いた。
私は、1年前のツアーで、四月二六日にゲルニカに行き、追悼式典に参加した。フランコは「爆撃はアカがやった」と宣伝し、フランコが死ぬまでイリオンドさんもそう思っていたという。
Bコースは、マドリッドから1000キロ離れたカナリア諸島のグランカナリア島を訪れた。グランカナリア島で二番目に大きい街、テルデ市を訪問し、市職員の案内で「ヒロシマ・ナガサキ広場」を訪れ、日本国憲法九条がスペイン語で書かれている碑を見学した。日本でもこうした碑はないのではないかと思う。この碑ができたいきさつは、テルデ市がNATO加盟と軍事基地設立に反対し「非核宣言」を行ったたたかいのときに、非核と平和を求める市民のあいだで日本の憲法が話題になり、一九九六年に広場(ヒロシマ・ナガサキ広場)と九条の碑が建設されたということだ。
日本国憲法9条の碑の前で
スペイン法律家たちと日本人との取組みが また、グランカナリア島では、ラスパルマス大学のカルメロ・ペレス教授(二年前にも『記憶法』に関ったメンバーということでお会いしている)のお世話で、平和・人権の活動をしているNGO八団体との意見交流会を持つことができた。
ベレス教授は「カナリア諸島にも市民戦争時の三〇〇〇人の遺体が埋められている。『記憶法』の条文は不十分で、日本の憲法のような明確な規定がほしい。スペイン政府の対応も不ト分である」と語り、平和への権利国連宣言をつくるためにスペイン国際人権法協会(ベレスさんはこの協会の事務局長)が日本の学者・法律家とも協力していることを話された。「平和への権利宣言」は、日本国憲法九条だけでなく、憲法前文の平和的生存権を高く評価し、それを盛り込んだ国運宣言をするよう人権理事会への取り組みを行っている。
ペレス教授から日本の書籍のカバー・をコピーしたチラシを渡された。「平和への権利を世界に」(かもがわ出版)笹本潤(弁護士、国際民主法律家協会事務岫長)・前田朗(国際人権活動日本委員会、東京造形大学教授)編著の本である。お二人ともジュネーブで活躍している。八月の人権理事会諮問委員会の前に、ジュネーブで「人民の平和に関する専門家協議会」を開催し、笹本さん、前田さんと塩川頼男さんが事務局を担当したということである。諮問委員会では、前田さんと笹本さんが、このテーマで発言した。
また、今年の一二月には、「平和への権利を世界に」国連宜言の実施をめざす運動の一環として、スペイン国際人権法協会の会長、事務局長が来日する予定である。
「記憶法」は真実を探求するたたかい 参加したNGOはフ牛和と人権カナリア諸島文化区域の会」「パレスチナ人社会のための女性の会」「難民援助のためのスペイン委員会」「歴史の記憶の会」「『私は女性』の会」など八団体九人で、それぞれの活動の紹介があった。最初に発言した「歴史の記憶の会」のイサベルさんは、「父親が市民戦争で処刑された。テルデの火山の火口に共産党員の遺体が放り込まれた。「記憶法」では遺体を掘り出す許可がでない。行方不明者のリストが不十分である。『歴史の記憶法』のたたかいは真実を探求するたたかいである」と非常に感動的な発言をした。カルメンさんは、父親が社会党・人民戦線に関与し、二〇年の実刑を受けた。自分もフランコ政権に迫害され、四○年前にカナリア諸島に逃げてきた。バスケスさんも弾圧された家族だ。叔父さんは迫害されフランスヘ亡命したが、フランスもナチスの占領下でドイツの捕虜となった。現在も帰国していない。バスケスさん自身は一九五七年に非合法下の共産党員になり、一九七〇年デンマークに亡命。フランコが死亡してからスペインに戻ることができた。
続くNGOの方々の発言も「記憶法」にもとづくたたかいが、いかに困難なものかを語ってくれた。司法も保守的であると。しかし、「記憶法」は無駄、無効ではない、という力強い発言が最後にあった。
近代史の苦しみの中から 『記憶法』に関する二度のツアーで感じたことはこの法律がスペインの近代史の苫しみの中から生まれたものであり、一般市民の力で誕生させるまでは難産だったと聞いている。野党国民党はもとより、この法律を成立させた社会党の中にも「過去の問題を掘り返さなくても」という意見があったりする。次の総選挙でサパテロ社会党政権が倒れればづ記憶法』もどうなるかわからないという心配も聞く。法律に不ト分な点があるとはいえ、治安維持法や横浜~件やレッドーパージなどの大弾圧や侵略と植民地支配について明確な反省も謝罪も補償もない日本にくらべれば『記憶法』を誕生させたスペインの社会は立派である。フランコ派の残党や右翼、保守勢力からはげしい攻撃を受けている中で、『記憶法』の精神をけハ体化し、前進させようとたたかっている学費、弁護士、NGOの活動家と交流できたことは非常に有意義であった。
「日本でも『記憶法』を」という思いを強くし、これからも引き続き「記憶法」を学び、研究していきたい。
(よしだ こういち・国際人権活動日本委員会代表委員)
(注)
歴史の記憶に関する法律 スペインでは、一九三六年に選挙で成立した民主主義的な共和政府を打倒するために、ファシストのフランコ将軍が、ドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニの力を借りて反乱軍を蜂起させ、一九三九年に終結するまで内戦状態となり、以後一九七五年にフランコが死去するまでので六年間、独裁体制が続いた。この法律は、スペイン内戦や独裁体制の間に、政治的・思想的な理由により迫害された人に対し、その刑罰・人権侵害の不当性を宣言し、名誉回復をする権利を認め、犠牲者、遺族に年金・賠償金を国が支給。犠牲者の発見、遺体の発掘を国が支援するとしている。スペイン内戦に共和政府側の義勇兵として参加した外国人にもスペイン国籍取得の権利を認め、その場合、賠償などが適用される。独裁政権を賛美する公共の記念物の撤去、資料センター設置などを定めている。

絵手紙 (「不屈」和歌山版 2011年5月15日号より)
「治安維持法と現代」 2011年秋季号 112~117頁
田辺・西牟婁支部総会10月19日(水)治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟田辺・西牟婁支部の総会がありました。来賓として参加した高田よしかずさんから挨拶をいただきました。知事の戦争責任問題での発言について話題になりました。
請願署名 前年度を超える 11月9日国会請願に提出する和歌山県下で集められた署名(10年度)は、下表の通りです。
昨年来の参議院選挙、猛暑などで取り組みは前年度より遅れていましたが、請願日時の延期の間に遅れを取り戻し、昨年度をオーバーしました。
橋本・伊都支部はいち早く、目標を達成し、引き続き、和歌山西支部が過去最高となり、和歌山北支部が6年ぶり1500筆の峰を突破して達成しました。
日高支部、西牟婁支部は達成直前です。


不屈 和歌山県版 No.242(3) 2011/10/15
第22回大会
代議員の発言より 第二二回県本部大会は各報告、方針案の提案をうけ、各代議員より活発な発言がありました。前号につづき、その要旨を紹介します。 (順不同、敬称略)
和歌山北支部 Y K也
独自活動を楽しく 和歌山北支部は、基本的には毎月一回の三役会議と、三ヵ月に一回の幹事会を開き、集団討議をし、当面の方針を決定し実践しています。
署名の回収ならびに会費や年間募金は、『不屈』の配達ルート担当者が行っていますが、別途、年金支給月を中心に支部長と事務局長が会員宅を訪問して訴えています。それは会員の近況を知ることも出来て意義ある活動だと考えています。
その他、年に二回、訴え文と署名用紙を届けています。そして、総会終了後の懇親会、春の花見、メーデーでの食事会、秋の支部独白のバスツアーなど、盛りだくさんの年間計画を立て楽しく活動しています。
ただ、若年層への働きかけと、全員参加型の実践活動、そして定期学習などに弱点があり、今後の大きな課題として残つています。。
2011.10.15 不屈和歌山県版 №242 (1)
第22回大会
代議員の発言より日高支部 T Y男
教科書問題にもっと関心を 今年は自由社、育鵬社の歴史をゆがめた教科書から子どもを守る大きな問題があった。さいわい和歌山ではその策動を許さなかったが、それは過去の闘いの蓄積の力だった。だが、現実は関心が薄い。県本部としても教科書問題にもっと関心を寄せ、正し
い歴史認識を広めることは、知事があの状態だから、同盟の任務としても特に重要だ。
2011.10.15 不屈和歌山県版 №242 (1)
こだま◆「A級戦犯はもはや戦犯ではない」とは野田首相の持論らしい。首相になってもそれを改めるつもりはないという。どこから出て来る理屈か知らないが、とんだ人が首相になったものだ。◆歴史認識で国際的常識に追いつけぬ首相は珍しくなかったが、「戦争犯罪」についても国際的常識を心得ぬ首相が二一世紀も一〇年代に現れたとはなんとも悲しい話である。◆「戦争と人道に反する罪には時効はない」とは、一九六八年国連総会で議決された条約である。だが、日本はいまだ批准していない。首相の持論の遠因はそこら辺りにあるのかもしれないが、お粗末な話である。◆だが、そんな国際条約を首相はもともと知らないのかもしれない。どちらかは知らないが、そんな姿勢で政治に当たられては平和も民主主義も危ういものだ。ただ靖国派は笑いが止まらないだろう。ところで首相は戦争犯罪や人道に反するを支えた治安維持法は知っているのだろうか。知っていても知らんぷりするもしれない。知らなければ教えてやろう。知らんぷりなら許さないでおこう。われわれの運動だ。一一月九日、盟代表は国会へ行く。一年間、同盟会員の集めた署名を引っ提げて。
2011.10.15 不屈和歌山県版 №242 (2)
県本部大会での『規約に関する質問』へのお答え 第三五回全国大会にむけて中央本部より提案された中央本部規約改正案に対して和歌山県本部の会員から、いくつかの質問意見を提出しておりました。結果は次のとおりです。
①前文に関して
同盟の目的達成が「暗黒政治に逆戻りさせない保障=何にも増して解決されるべき課題」とあるのは言い過ぎではないか。
適切な表現にされました。
②第1条、同盟の名称
同盟の名称が硬い、古臭い。なじみやすい名称にせよ。
引き続き検討する。
③第2条の「基本要求」について
「再び戦争と暗黒政治を許さない」はなくしてもよいのでは。
原案どおり。
④第2条の一三項の項目列挙を整理せよ。第3条に独立させ
原案通り列挙。
⑤第9条「支部総会開催に県本部の承認が必要」を削除、第13条「支部の財政は県本部の決定が必要」の削除、第11条の「厳格な規律」をもっとゆるやかになどの要望は適切な形で取り入れられました。
不屈 和歌山県版 No.242(3) 2011/10/15
スペインの闘いに学ぶ
和歌山西支部 H A夫 先日、同盟奈良県本部会長の田辺実氏からスペインの「歴史の記憶に関する法律」について学ぶ機会がありました。
一九三六年、スペインでは総選挙によって選出された民主連合政府が成立しましたが、反動勢力が襲いかかり、フランコ将軍率いる反乱軍のクーデターによってこの政府は倒されました。国際的な義勇軍の参加もあり、共和国軍は果敢に戦いましたが、ドイツ、イタリアのファシストに支援された反乱軍に破れました。
一九七五年まで続いたフランコ独裁政権は共和国を守るために戦った人々やフランコの独裁政権に反対した人々に過酷な弾圧、拷問、差別、圧迫を加え、合同墓地に葬られている遺体は一一万人から二三万人に上るといわれています。
四〇年間スペインではこの事実に一言も触れることも出来ず、フランコ没後も何年間も口にする事が出来なかったといいます。
二一世紀に入って人々はようやく口を開き始めました。二〇〇四年四月、社会労働党のサバテーロ政権が成立し、同年一二月に「歴史の記憶に関する法律」が公布されたのでした。
この法律は内戦時やその後のフランコ独裁時に迫害によって受けた刑罰、制裁を不当なものと認め、名誉を回復することや、亡くなったスペイン大の寡婦や子どもの家族に年金を支給するなどを定めています。
私たちはこのような法律の制定を国に求めて運動している団体です。スペイン人民の歴史をよく学ぶ必要があると痛感しました。
不屈 和歌山県版 No.242(3) 2011/10/15
知事の「戦争責任」について思うこと
O N子 『県民の友』8月号に、「戦争責任」というタイトルで知事メッセージが掲載されました。書かれているその内容は、多くの人の命を奪い、幸せを踏みにじった戦争の責任は、当時のすべての国民にその責任があるというものです。
一般国民と戦争指導者達とは責任の重さは違うと言いながら、万歳で戦地に送り出して行ったことや、教育現場での軍国教育などを引き合いに出し、戦争を推奨した国民、そしてその国民が敗戦後はころりと変わったことを批判しています。
私は知事と同世代の人間として戦争の歴史認識の違いに驚くと同時に、公人としての見識のなさに憤りを感じます。
今も鮮烈に覚えていますが、小学校3年生の時のことです。大変体格の立派なこわい顔(子どものときの印象)をした男性の先生がいました。その先生から、授業の中で中国大陸での日本兵がどんなに酷いことをしたか、そうしないと自分が生きていけなかったことなどを聞きました。子ども心に戦争への恐怖が頭にこびりついてしまいました。家には一〇代で戦死した伯父の写真が飾られ、日頃から目に入ってきます。本当に万歳といって家族は送り出したのでしょうか。母にとってはたった一人の兄で、よくお墓参りについて行きました。
手を合わせている母の姿が妙に印象に残っています。知事には戦争反対という気持ちを押し殺さなければいけなかった国民のことや、戦争に反対し特高に虐殺された人々のことは眼中にないのでしようか。
憲法前文には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し……」と述べられています。政府の行為によって起こった戦争として捉えるのが本来、公人としての基本的立場のはずです。知事の資質が問われる問題です。
議会においてもさらに認識を質し、憲法に基づいて県民が主人公の県政となるように力を尽くして参ります。 (会員県議会議員)
不屈 和歌山県版 No.242(4) 2011/10/15
歴史の真実を知る
和歌山北支部 U F代 だが、辛亥革命について本年まで無知であった事は何と口惜しい事だったか。今、私は宮地正人監修の『日本近代史を読む』笠原十九司編集の『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』に学び、『中央公論』
一一年一月号の特集「中国、辛亥革命と日本人の百年」も読んでいる。三百年の清王朝を終わらせた中国革命の父孫文の声を其処から聞いてみよう。
「日本の明治維新は中国革命の第一歩です。中国革命は明治維新の第二歩です。」「日本なくして中国なし、中国なくして日本なし」大正二二年、新聞記者に対しての言葉。
「今後日本は西洋覇道の番犬になるのか、あるいは東洋王道の牙城をとなるのか」大正一三年神戸にて「大アジア主義」と題する講演の中での問いかけめ言葉。
現在中国は飛躍的な経済発展を遂げている。だが、貧富の差、言論の自由、民族独立等民主化の多くの課題を抱えている。日本も今回の東日本大震災で洗い出された財界本位、米国従属、国民主権等、国政の岐路に立つ課題がある。孫文が考えたアジアの平和、日本と中国が担う国のありよう。歴史を省み、これからの歩みを慎重に考えてみよう。 (おわり)
不屈 和歌山県版 No.242(4) 2011/10/15